・1940(昭和15)年   栃木県宇都宮市生まれ
 
・1950(昭和25)年   初めて見た空手の演武に刺激され10歳で地元空手道場に入門
     
・1956(昭和31)年   16歳で大阪に移り、糸東流に入門。のち弐段を允可される
     
・1960(昭和35)年   プロボクサーを目指すが練習中に右目を負傷。視力が戻らずボクシングを断念
     
・1965(昭和40)年   25歳で不動禅少林寺流拳法に入門。選手として活躍する一方、同流派の幹部として大阪地区を統括。最終的には観道士六段を允可される(平成2年)
     
・1979(昭和54)年4月   極真会館大阪道場に入門。以降、関西本部長・津浦伸彦師範の補佐役として活躍し、大山総裁より「関西本部・相談役」を任命される
    大山総裁から直々に「関西本部相談役」を任命された
・1984(昭和59)年7月   東京・総本部にて昇段審査。大山総裁より初段を允可される。この頃、同時に体重別大会の必要性を説き、「全日本ウエイト制空手道選手権大会」開催を提唱。その発起人にとなる。
    寒稽古の風景(京都・清滝にて)
・1987(昭和62)年3月   大阪市東成区に「みどり橋道場」を開設。活動の拠点とする
     
・1988(昭和63)年4月   大山総裁主管のもと、湯河原合宿にて弐段取得。
   
88年、大山総裁より関西本部長就任を要請される(湯河原にて。大山総裁、津浦師範と)
・(同年)6月   大山総裁より津浦師範を東京本部に戻す旨の相談を受ける(津浦師範は大山総裁の娘婿)。その際、次期関西本部長就任を打診されるが、仕事上の都合によりそれを保留(立会人:長谷川一幸師範、津浦伸彦師範)。
     
・1991(平成3)年4月   大山総裁主管のもと、湯河原合宿にて参段取得
     
・1994(平成6)年   大山総裁死去。その後、津浦師範と協議の結果、総裁の生前の要望通り関西本部の継承を受諾
     
・1995(平成7)年1月   極真会館分裂騒動勃発。派閥抗争とは一線を画し、中立を保つ意味で、旧関西本部(松井派)と別行動を行うことを選択。「関西総本部」を立ち上げる
     
・1996(平成8)年4月   第1回大阪城杯全日本少年少女空手道選手権大会開催。以降、毎年夏に開催される
     
・(同年)9月   第1回大阪城杯夏の陣(冬の陣)開催。以降、毎年、夏冬の2回行われる
     
・1997(平成9)年   旧大山派・大山智弥子氏名義で六段を贈られる
     
・2001(平成13)年12月   全日本極真連合結成に伴い、連合より上席師範七段を允可される
    ウエイト制大会は生涯のライフワークである
・2003(平成15)年3月   関西総本部新道場竣工。関西一円の道場の拠点とする
    新道場開き式にて
・2005(平成17)年6月   極真連合より八段を授与される
   
極真連合理事長・長谷川一幸師範より 、八段の認可状が授与される(全日本ウエイト制選手権会場にて)

・2006(平成18)年7月   愛弟子・寺浦克敏が念願の全日本ウエイト制選手権重量級初制覇
   
(右から)
岡田師範、優勝した寺浦、4位(重量級)當
全入賞者記念写真
ウエイト制打ち上げパーティーにて。
愛弟子の優勝に師範の頬も緩み放し
   

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