「全日本少年少女大会」の前身は、1996年・春に開催された「第1回オープントーナメント KARATE ‘96大阪城杯」である。その大会終了後、同年夏から「大阪城杯・夏の陣」、そして冬には「冬の陣」がスタートしたが、「第2回・・・」目以降の大会は、その「夏の陣・冬の陣」の上位入賞者を闘わせる、いわば“統一チャンピオン”決定戦として行われるようになった。それゆえ名称も「グランドチャンピオン決定戦」(通称「グラチャン」)となり、正式名称は「第○回オープントナメント少年少女全日本空手道選手権大会 〜○○年度グランドチャンピオン決定戦〜」とされた。
しかし2001年、関西総本部が全日本極真連合会に加盟したのをきっかけに、第6回大会から規模を拡大、選手のレベルアップをも図る意味あいからも“大阪城杯”の冠を外し、現在の名称「全日本少年少女空手道選手権大会」に統一された。2005年度からは、それがさらに進化。選手の出場権は地方ジュニア大会のチャンピオン、あるいはそれに準ずる者と規定され、大会はまさに全国のジュニア・チャンピオンが終結する一大イベントへと変貌を遂げつつある。名実ともに日本一のジュニア大会といえるであろう。
 
   
     
 
 

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