極真空手の歴史はまさに大山倍達の歴史でもある。1954年、東京・目白に現在の極真会館の原型となる
大山道場が開設されてからおよそ半世紀。その波乱の歴史を振り返る




1988年、全都道府県への支部設立が完了。組織としては爛熟期に入ったかに見えた。しかし1995年、大山倍達急逝。以後、組織は分裂し、混迷の時代へと突入した。
年 月   大山倍達 略歴 及び 極真会館の歩み
1988年 7月   日本の空手水準向上のため、大山総裁が各流派の強豪選手に意識改革をアピール。
「極真の全日本大会に出場し、互いに研鑚すべし」と空手界の大同団結を提唱
1988年 9月   日本の全都道府県に極真会館の支部が設立される
1988年12月   IOCサマランチ会長に書簡を送り、空手、カンフー、テコンドーのオリンピック公会競技参加問題に
ついて提案
1990年 6月   第7回全日本ウエイト制選手権に正道会館勢がエントリー。角田信朗が4位入賞を果たす
1992年 6月  

第9回全日本ウエイト制選手権で、白蓮会館の南豪宏が他流派として初の決勝進出。結果は準優勝

1994年 4月   大山総裁、肺ガンのため聖路加病院で死去。享年71歳
1995年 〜   大山総裁亡き後、後継者問題を巡り、組織が複数の派閥に分裂。現在、各派閥が独自の活動を行う
2001年12月   超党派の極真各会派、各道場が集まり極真連合が設立。各派閥の主義主張にとらわれない極真空手の普及を目指す
2004年 1月   第1回極真連合杯世界空手道選手権が静岡にて開催。首都圏以外で初の世界大会となった
2004年10月   極真連合主管の第36回全日本選手権大会が山形で開催。首都圏以外での全日本大会は初
     
    
 

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