1954〜1968 黎明期

1954年に、現在の極真会館の原型となる大山道場を開設してからの十数年は、組織の地盤固めの時代でもあった。中でも興味深いのは日本国内と平行して海外支部開設が急ピッチで行われたこと。当時からすでに世界戦略を視野に入れた組織作りがなされていた。
年 月 大山倍達 略歴 及び 極真会館の歩み
1954年 5月東京・目白の野天にて大山道場開設
1956年 6月立教大学裏の古いバレエスタジオ跡に大山道場移設。当時の門下生は300人強。この道場がのちの極真会館の前身となった
1958年 1月日本で初めての英文による空手技術書「What is Karate?」出版。 海外で大ベストセラーとなる
1958年 9月ワシントンのFBI本部に招かれ、2ヶ月間空手指導とデモンストレーションを行う
10月アメリカ・ウエストポイント陸軍士官学校に招かれ、空手指導とデモンストレーションを行う
1959年 7月第1回全ハワイ空手道選手権大会開催。大山館長、審判長を務める
1960年アメリカ、ヨーロッパなど16カ国に計72ヶ所の支部が発足
1963年10月大山道場が手狭になったため、豊島区西池袋において国際空手道連盟極真会館総本部の建設に着手。アメリカ・コネチカット州ハートフォード市で第1回オープントーナメント北米空手道選手権大会開催
1964年 1月タイのムエタイが日本空手界に挑戦を表明。当時の空手諸流派はこれを黙殺したが、極真会がこの挑戦を受諾。黒崎健時、大沢昇らが、タイ・バンコクに渡り3戦2勝。極真の名を格闘技界に知らしめた
4月国際空手道連盟極真会館の会長に佐藤栄作氏、副会長に毛利松平氏が就任。財団法人極真奨学会の名称を冠する
1965年 6月極真会館総本部竣工。国際空手道連盟極真会館正式発足。
大山倍達、連盟総裁に就任
1966年 6月大山茂ほか、指導員をアメリカに派遣。ロサンゼルスにて第1回全米支部長会議開催。
北米地区連盟設立(責任者:中村忠)
1968年 7月ヨーロッパ地区連盟設立。責任者にジョン・ブルミンが就任。第1回ヨーロッパ支部長会議開催
8月中近東地区連盟設立。ヨルダン王室に招かれフセイン国王を始め、王室関係者に空手指導を行う